2016年の不動産市況は、年初、減速しつつあったが、2月にマイナス金利が実施されたことで、一段と金利が低下し、持ち直され、ここまで堅調に推移してきた。即ち、金融による強力な下支えによるところが大であったと言える。特に、金融機関による不動産業界への積極的な融資が目立った(図表1)。その結果、業界内の物件取得競争が激化し、大都市の中心部で価格の急騰が目立った。一方、日本経済は、異次元の金融緩和は続いているものの、円高などもあって、以前のような状況にはない。最近では、個人消費と物価の低迷が続いている。所得が多少増えても、家計の節約志向は変わらないどころか、ますます強まっている。そのため、流通・小売業界では商品価格を安くする動きが強まっている。安倍政権・日本銀行が意図してきた物価指標でも悪化は鮮明で、目標としてきたデフレ脱却の実現は難しくなってきている。住宅市場でも、高価格帯の住宅の売れ行きは停滞が著しくなっている(図表2)。一方、小売業と同様に、低価格帯の住宅や土地の需要は根強く、好調に推移している。今号では、2017年の不動産市場において、注目すべき点について解説をしてみたい。
上記コメントの図表1、図表2
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価格の調整が始まる
1990年のバブル崩壊後、低金利時代が続いてきたが、安倍政権になってから、日銀による異次元の金融緩和と更なる超々低金利で、住宅・土地・投資物件の需要が喚起され、大都市の物件価格は高騰してきた。賃貸住宅やオフィスは賃料の上昇が見られないものの、その取引価格は急騰してきた。利回りは低下してしまい、投資対象としては、以前に比して魅力は少なくなっている。しかし、現在の資金調達コストは極めて低く、多少の利回り低下は受け入れられてきた。更に、昨年からの相続税の強化に対応して、不動産を購入する富裕層の人達が高値を支えている。
金融と税制によって高値が作られたことは間違いないと言える。国民の実質所得が厳しくなり、購買力が低下しているのに、不動産の価格が大都市圏で上昇したことになる。しかし、最近になって急速に状況が変化してきた。新築分譲マンションでは、値下げをする例も目立ってきている。また、都心部の中古マンションの販売用の広告チラシでも、「新価格」「価格改定しました」という表現が珍しくなくなってきた。更に、この数年間、価格の高騰が著しかった京都や札幌中心部の新築マンションの折込チラシを、東京都心で度々見かけるようになってきたが、現地での販売に苦戦している様子を窺い知ることができる。また、投資用の収益物件についても同様で、広告チラシをしばしば目にするようになった。
これまでは、さほど広告をしなくても即座に取引されていたが、状況の変化を感じる。ただ、条件が適切なものであれば需要は根強く、スムーズに取引されている。
何れにせよ、この数年間、金融によって押し上げられてきた不動産価格については、2017年には調整が行われることが必至といえる。収益還元や購買力の面から、限界に来ているからである。換言すれば、価格が「高くなり過ぎてしまった」ということになる。マイナス金利政策で先行したヨーロッパの国々では、物価は上昇せず、住宅価格は上昇する結果となったが、日本では既に価格は高騰していて、今後、一段の価格上昇は見込めず、むしろ調整色が強まるものと思われる。
賃貸住宅市場の需給緩和と2極化が進む
2017年の注目点としては、賃貸住宅の変化を指摘しておきたい。不動産市場全体の中で最大の問題と言っても過言ではないだろう。先ず、図表3を見ると、3大都市圏の貸家の着工数が高水準で続いていることが示されている。推測するに、急増しているのは賃貸アパートと思われる。賃貸マンションについては、建築コストの高騰で事業採算が合わないものと考えられるからである。昨年から相続税が強化されたことで、その対応策として、全国各地で大量に賃貸アパートが建築されている。特に、東京など大都市では、地価水準が高いことで相続対策の必要性が高まった結果と言える。
このアパートの大量供給で、賃貸住宅市場では空室が増加し、社会問題化するなど波紋が広がっているが、現在のところ供給が止まる様子は見られない。そのため、今後については、家賃が緩やかに低下していくことが想定される。ただ、大都市圏の利便性の良い賃貸マンションについては底堅い需要があり、賃 貸アパートと同じではないと見ることができる。賃貸住宅市場でも、公共交通機関や日常生活の利便性の良否によって様子は全く異なっていて、需要と賃料の2極化が更に強まっていくことになる。
もうひとつの問題は、ファミリー世帯を中心に超低金利の住宅ローンを利用して住宅を購入し、賃貸物件から退去することで、需給関係が緩和されることが想定されることである。相続税の強化という要因と金融による要因とで、賃貸住宅市場は揺れ動くことが予想されるところである。需給全体が緩和されると、次は、立地・設備・賃料による格差が生まれることになる。
地点・地域の格差が拡大していく
「格差の時代」がますます実感されるようになってきた。不動産市場でも様々な格差が見られるが、その最たるものが価格だと言える。東京と他の都市、中心部と郊外、徒歩圏内とバス便など、様々な条件の差異で価格に大きな違いが出てきた。1坪で1億円の土地もあれば、10万坪の土地でも買い手が現れない例も常態化している。
今後、この状況が一段と顕著になっていくことは否定できない。図表4を見ると、同じ地方圏でも地方中枢都市とその他では、トレンドが全く異なっている。この背景には、人口の増減、地域の経済力、資金流入の有無、交通機関の充実度などの差異がある。不動産の価値は、これらの条件によって雲泥の差がつく時代になってきている。
米国のトランプ新大統領が世界経済にどのような影響を与えるのか予断は許さないが、我が国の金融政策が引き続き継続され、金融の下支えが続けば、2017年前半の不動産市況が、一気に大きく変化する可能性は少ないものと考えられる。ただ、変化は確実に進行している。
不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。