アベノミクスに息切れが目立ち始め、不動産市況は昨秋以降、減速傾向となっていたが、年初に発表された日銀のマイナス金利政策によって、不動産の需要が再び喚起され、資金が不動産へと流入した。一段の金利低下によって、住宅の購入、収益物件の取得に対するマインドが向上した。しかし、その後の消費増税の見送り、更に、6月には英国のユーロ圏からの離脱が決定したことで、株安・円高など変化が激しくなり、消費者や投資家などの心理がこれまでとは違ってきた。7月下旬には日銀の追加の金融緩和が行われたが、不動産市場には影響はなく、再び緩やかな減速基調に戻りつつある。何れにせよ、アベノミクス効果のピークは過ぎ、不動産市場には注意すべき様々なシグナルが見受けられるようになってきている。以下に、その代表的なシグナルについて解説してみたい。
新築分譲マンション、都心部の業者の買い取り再販物件、投資用の新築マンションの在庫、その中でも、高額な物件の完成在庫が確実に積み上がってきている
東京都心部や京都市内など、これまで好調だった地域でも、以前とは異なる動きになってきた。
この要因は価格の高騰にある。地価や建築コストの上昇で、原価積み上げによる販売価格では、顧客の購買力が追い付けなくなっている(図表1)。
価格の急騰は、市況の転換点に来たことを知らせるものだと言える。図表2を見ても、不動産業界の在庫が増加しており、資金の回転が鈍化していることが分かる。一方、マイナス金利政策発表後から住宅ローン金利が一段と下がり、住宅・不動産の取得には強い追い風となっているが、それを利用して動いているのは、低価格帯の中古住宅を購入する人と投資家で、高価格帯の住宅は蚊帳の外になっている。
何れにせよ、業界在庫の増加は、次なるステージへのシグナルである。
英国ショック直後から、海外投資家の動きが鈍っている
マイナス金利は、一般的には不動産や株式へと資金をシフトさせるが、英国ショックで円高が一気に進んだことと、世界経済全体が停滞していくのではないか、との想定から、海外投資家が投資自体に慎重な姿勢をとり始めている。
その結果、東南アジアからの日本の不動産取得の動きが少なくなっているだけではなく、「取得ではなく、手持ちの不動産を売却したい」という姿勢に転換しているという。一方、国内の富裕層・投資家の需要は根強い動きで衰えてはいないが、「投資に適した」物件が少ないため、取引件数は少なくなっている。価格の高騰で利回りが低下したことと、供給側も現在のマイナス金利時代では、このまま保有していたほうが得策であるとの判断をして、売却希望が少ない。
一段の価格上昇が期待できなくなってきている
都心部の新築分譲マンションの価格高騰で、顧客がついていけなくなっていることを指摘したが、東京・神奈川の中心部では、年収の10 倍を超えている。従来は、5倍前後が限界と言われていたが、現在はバブル期の価格水準と言える。
一方、都心のオフィスビル・商業ビルについては、東京丸の内などの例を除けば、供給過多の状態に変わりはなく、テナント料は上昇していない(図表3)。即ち、収益力の回復なき取引価格の上昇という状況が続いていることになる。
店舗賃料についても、インバウンド効果で高騰してきた地域も、ここに来て、限界感が見えてきている。ホテルへの過熱感も、京都を除いては薄れてきている。高騰し過ぎて、収益性、即ち、経済的合理性は、いくらマイナス金利時代といえども価格面での限界に来ている。
都心・駅近の高騰で購入が困難になった
3大都市圏や地方中枢都市では、利便性を求める動きが強まった結果、価格が高騰して、中心部や駅近の土地・マンションの購入が難しくなってきている。図表4を見ても、徒歩5分以内の地価の上昇率は大きくなっている。そのため、最近では、徒歩5分から徒歩10 分以内にマンションの購入条件を緩める人が多くなっている。「利便性」を求める動きは、少人数世帯数の増加、高齢化社会の進行によるものであり、この傾向は今後も強まるものと考えられるが、価格は既に限界に来ている。都心の高額な中古マンションの売れ行きが鈍っていることが、そのことを裏付けている。
以上、最近の状況を幾つか検証してみたが、金融情勢の変化や税制、英国ショックなどの外部要因に振り回されながら、緩やかに減速している。緩やかな動きとなっているのは、金融面での強力な下支えがあるからであり、今後の金融情勢に注意をしておかねばならない。同時に、日本経済が厳しさを増していくことも十分に予想される。不動産市況は、年末に向けて「経済状況とマイナス金利」との綱引きが焦点となる。
不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。