2014.10.31
suppose design office・谷尻 誠さんに聞く、
これからの住まい方
建築をベースに新しい考え方や関係性を発見しつつ、
創造性溢れる提案を行ってきた建築家・谷尻 誠さん。
その谷尻さんに、コスモスイニシアの商品企画へのご意見とともに、
これからの住まい方についてお話を伺いました。
聞き手はコスモスイニシアで商品企画を担当する保川真由佳と
建築設計を担当する石堂大祐です。
デザイン情報誌AXIS(vol.172/2014年11月1日発行)に掲載された内容を
再編集したものです。
AXISオフィシャルサイトjiku
http://www.axisjiku.com
暮らす人が能動的に決断できるように
保川
コスモスイニシアのメインブランド「INITIA」は、時間の過ごし方に重点を置いて新しい住宅づくりに取り組んでいます。毎日を過ごす空間の中で、満足感というのは物の充実感ではなく、過ごし方そのものが大切だと考えてきました。例えば、LDKに家族が集まって過ごせるように、キッチンからリビングを開放的に広げたり、一見無駄になりがちな玄関を少し広くしたり、といったプランを打ち出しています。「INITIA」に先がけて販売した「オークプレイス月島」は、集合住宅の間取りでの多様性が評価され今年度のグッドデザイン賞を受賞できました。
谷尻
どうしてそういった考え方につながったのですか?
石堂
実は私たちをはじめ、「INITIA」を担当するメンバーがちょうど30歳代が中心なんです。自分たちが今の時代、どういう暮らしをしたいかと素直に考えた背景があります。ところで、谷尻さんは、あえて部屋の用途を決めずにおく場合もあるとのことですが……。
谷尻
部屋名を決めると、その場所の機能が限定されたように感じられますが、決めないでおけば、入居者がどう使うかを考えるようになります。それに今の時代は、「売る」のではなくて「買いたい」を提供する世の中。おしつけないほうがいいんです。かといって、ほったらかしはダメですよ。例えば、ライフスタイルショップ。いちばん売りたいものは洋服だけど、その洋服を手に入れることで実現する生活を店で提案している。つまり、この服を手に入れると自分も豊かになると感じるから、ライフスタイルショップへ行くんですよね。住宅も同じです。暮らす人が能動的に決断できるように、「買いたい」部屋を提供していかないといけません。部屋を1つ1つ明確に決めていくより、グレーゾーンが好きなんですよ(笑)。だからこういう、境界線をなくしていく空間づくりは共感しますね。
谷尻 誠/1974年広島生まれ。94年穴吹デザイン専門学校卒業。94年~99年本兼建築設計事務所。99年~2000年HAL建築工房。2000年建築設計事務所 Suppose design office 設立。穴吹デザイン専門学校非常勤講師、広島女学院大学客員教授。
保川
3LDKや洋室という部屋割りすらも不要になるのであれば、住む人が手を加えられるとか、もっと自由に使える価値を提供していければと考えています。
谷尻
「INITIA」での廊下や玄関を広げる考え方も同じですね。僕が設計したところでは、従来の玄関は必要ないから狭くしたケースがありがます。その代わりに、玄関につながるスペースを広くとる。従来玄関や廊下とされていたスペースを広げて、物が置けるようになると、部屋としての機能が与えられるようにもなります。つい法的に廊下幅ギリギリにしがちですが、人が部屋と感じるには、どのくらいの幅が必要なのかといった部分から考えると、こういう新しい発想につながりますね。
石堂
「オークプレイス月島」では、玄関を入るとすぐに下足箱があって廊下が続く、という一般的なスタイルを変え、家に帰ったときの落ち着きやくつろぎを感じられる場所にしたいと計画しました。その分、居室が小さくなりますが、6畳や8畳といった区切り方ではなくて、どういった使われ方をするのか、どういった家具を置くのか、それによって暮らし方が違ってくるところを重視したプランです。
2014年度グッドデザイン賞を受賞したコスモスイニシア「オークプレイス月島」
(大和ハウス工業株式会社との共同分譲マンション)
“懐かしい新しさ”が魅力になる
保川
谷尻さんから見ると、最近のマンションは魅力が少ないのではないでしょうか?
谷尻
今のマンションで気になるのは、ピカピカな仕上げばかりなこと。例えば、完成しているのに新しくないという新しい価値観にも注目してほしいと思います。壁はクロス張りじゃなくて素地を出して塗るとか。躯体の上に直塗りすると全く雰囲気が違います。配管などをむき出しにすることによって、丁寧に仕上げなければならないので、職人さんたちの手間はかかりますが、壁が少し汚れたりしても、味わいが出てきますよね。
石堂
それは実感しています。完成時のモデルルームが“瞬間最大風速”を発揮してしまいがちですが、僕らの世代には、そのピカピカに魅力を感じない感性を持つ人も多くいるはずです。
コスモスイニシア 商品企画担当の保川真由佳
谷尻
世の中の人がいろいろな情報を手に入れ始めたから、“最大公約数”が崩れ始めているのかもしれません。暮らしの雰囲気全体を伝えられるものが求められていると思います。
保川
中古物件を購入して思いどおりにリフォームする人が増えているのも、その証拠ですね。
谷尻
“懐かしい新しさ”と僕は表現していますが、新しいのに中古っていうのができると強いかもしれない。中古がほしい人はラフさを求めているのであって、水回りは新しいほうがいいわけです。そういう住まいが新築で意図的につくれると、若い人には受けるんじゃないでしょうか。家というよりもカフェに住むようなイメージを抱いている人も多いですよね。
石堂
オプションというか、ピカピカではないスタイルも選べるところから始められるかもしれません。
谷尻
マンションにもっとコンテンツを加えてみるのはどうでしょうか。例えば「旅」「音楽」「アート」など、部屋ごとに設定したストーリーが見えてくるような内装を工夫してあれば、買う側にはわかりやすくなるかもしれません。
保川
そのアイデアは面白いですね。自分のために用意された住まいなのかな、と感じていただけるかもしれません。不特定多数が「良い」と思うものよりも、私自身のために用意されているのかもしれないと気づいた瞬間の喜びが大きいと思います。
suppose design office「沼袋の集合住宅」
Photo by Toshiyuki Yano
suppose design office「沼袋の集合住宅」
Photo by Toshiyuki Yano
suppose design office「沼袋の集合住宅」
Photo by Toshiyuki Yano
suppose design office「沼袋の集合住宅」
Photo by Toshiyuki Yano
谷尻
そのためには設計者自身がもっと遊ぶことも必要ですね。実際、本当に遊ぶという意味ですよ。例えば、ライブハウスに行かない人はライブハウスの設計ができないですし、おいしい料理を食べたことがない人は高級レストランの設計ができないのと同じです。だから僕は一生懸命、遊びますね(笑)
石堂
「オークプレイス月島」には、土間としても使えるスペースを設けています。私自身が販売も担当していたのですが、その土間を活かして暮らしたいと考えてくださる画家の方や、登山を楽しむ人などに興味を持っていただいたのが印象的でした。
谷尻
僕も玄関が土間になっている設計を提案したことがあります。サーフィンやスキーなどの道具を、ベランダへ移動させる前に泥を落とせたり、ペットの世話にも便利です。こういうことも、日本人として土間がある昔の住宅の記憶があるからこそ、理解できるプランですよね。昔の記憶を利用しながら、現代的に表現して伝える。土間に限らず、懐かしい記憶を呼び起こすような設計は意図的にします。
保川
全く新しいものよりも、心にひっかかる魅力があります。
谷尻
“懐かしい新しさ”という言葉は、スタッフにもよく言っています。みんなが知っているけれど新しいと感じる概念みたいなものをつくろうとしています。土間、障子、縁側………マンションでも採用できるものはいくらでもありますから。
石堂
町家に住んでいた頃の記憶が活かされているのでしょうか?
谷尻
そうですね。町家に比べれば、マンションは便利につくられていますよね。先ほどの能動性の話にもつながりますが、便利なものに対して人は どんどん不便さを見つけるようになるんですよ。 こんなことができない、もっとこうできたらいいのにというように。
コスモスイニシア 建築設計担当の石堂大祐
でも不便なものを前にすると、人はどうやって使おうかと工夫するようになります。それで使いこなせるようになると、不便だった部分が自慢のポイントに変わる。よく故障するクルマに乗っている人の理論と同じで、「コイツよく壊れるんだよな」って言いつつ、実は「俺だから乗りこなせるんだ」という自慢になっているんです(笑)。それに、自分のものだという所有感も満足させますよね。住宅にも同じことが言えると思います。
街とゆるやかにつながる
左から石堂大祐、保川真由佳、谷尻誠さん
谷尻
近々、東京の事務所を移転する予定なのですが、新しい事務所のエントランスが広いので、設計事務所以外のことでも使いたいなと計画中です。週に1日はパン屋の知り合いに入ってもらったり、別の日はコーヒーショップになったり……。用事がないと足を運べない設計事務所の敷居を低くできるかもしれないな、と。こういう考え方はマンションにも応用できるんじゃないでしょうか? 住まいでありながら街の一部になる機能を持たせ、ハイブリッド化させる考え方です。
石堂
マンションの住人が街を利用し、街の人にもマンションを利用してもらう、という考え方ですね。相互関係が生まれるかもしれません。実際に、街との良好なつながりを持つマンションは求められているような気がします。
谷尻
街と建物は繋がっていますから、1つの建物をつくるのは街をデザインすることでもあります。敷地の中だけを考えるのではなく、都市の一部をつくる意識は必要です。
今は誰もが個人的なつながりを求める時代ですよね。個人主義が行き過ぎてしまったから、その反動で他人とつながりたくなって、SNSを利用していますから。
保川
つながりたいと思ったときにつながれる場所がほしいですよね。それが「INITIA」のコンセプトにもある“メリハリ”だとも思っています。住宅にも必要な要素です。
谷尻
パブリックとプライベートもそうですし、プライベートの中でもその距離感は必要でしょう。プライベートは確保されているけど、つながっていられる安心感というか。今までのマンションでは特に、ハードとソフトが乖離してしまっていましたけど、両方を満たす新しい住まいが、これからはさらに求められるはずです。
suppose design office「等々力の集合住宅」
Photo by Toshiyuki Yano