「デベロッパーは社会の
インフラだ!」執行役員
だって、とにかく熱“すぎ”

執行役員/宿泊事業部 事業部長
2006年 キャリア入社・総合職

コスモスイニシアには、キャリア入社した人も、活躍できる企業風土がある。
活躍できる──そのひとつにあるもの。

それは、創業から大事にしてきた
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。」
という行動指針。

入社前からその考えを持ち、キャリア入社後、経営層の一員になってもなお、行動指針を体現し続けている者がいる。

前職でのキャリアを存分に活かし、不動産業界に新たな風を吹かせる。
そんな“異端児”も喜んで迎え入れる。
そんなコスモスイニシアで「やりたいこと」を実現させ、“とにかく熱すぎる”執行役員がいる。

今回の主人公、遠藤を紹介しよう!

IT企業からの不動産業界への転職。
「デベロッパーの仕事は社会のインフラだ」

まず、遠藤のキャリアのスタートは、新卒でIT企業に入社したところからはじまる。

学生時代より「何か社会のためになることがしたい」という思いが強く、それを自身の使命であり、やりがいであると思っていた遠藤は、就活の際に参加したセミナーで、とある実業家の講演に感銘を受けたという。

20年ほど前の当時は「インターネット」が出始めの頃であり、いまでは大企業になっているようなIT企業も今のようにそう多くなかった時代。

そこに登壇したとある実業家は、学生たちに向かってこう語ったという。

「隣の人と手をつないでみてください。
そして皆さん立ち上がって、ひとつの輪になってください。
これで皆さんの知識や経験がつながります。
これがインターネットの世界です」

「インターネットが社会を変える」という話を聞いた遠藤は、心が震えるほどの強烈なインパクトを受けたと回顧する。

「自分がやりたいことはこれだ」
それが見つかった遠藤は、迷わずIT企業への入社を決めた。

しかしながら、その数年後に退社することになるのだが、その理由を訊くと
「B to Bという限られた世界だけではなく、
B to Cという広い世界、つまり、もっと多くの人をハッピーにしたいと思った」
と語っている。

その転職先に選んだのは、企業名などに囚われることなく「不動産業界」という一択。

なぜ不動産業界を志したのかを問うと、そこに夢を感じたからだという。

「デベロッパーは社会のインフラを作る会社。
だからこそ、デベロッパーが主導してこれからの時代に相応しい住まいや働く場、遊ぶ場を造れば世の中をもっとハッピーにできると思った」

しかし2006年当時の不動産業界では、キャリア採用の募集を行っている会社が少なかったという。
「宅地建物取引士(宅建)」など専門知識が必要とする業務だけに、未経験者を採用することに足踏みをしていたようだ。

「その時キャリア募集をしていたのは、コスモスイニシア(当時はリクルートコスモス)だけでした。
だからこの会社しか受けていませんね」

その志願する一社に賭ける思いは凄まじく、面談の際に「この会社、この業界をこう変えます!!」という意気込みを綴った提案書まで持参したというから、ここでも“とにかく熱すぎ”な一面が垣間見える。


前職のキャリアを存分に発揮し、
トライ&エラーならぬ“トライ&トライ”!?

入社するや否や、遠藤の躍進は目を見張るものがあった。

不動産販売のスタンダードを横目に、自ら考え抜いた渾身の案を、計画物件や販売センターに次々と投入していく。

まだ豊洲(東京都江東区)が開発途中だった頃。
入社2日目にして担当することになった遠藤は「家を“箱”のまま売るのが古いと思った」という。

遠藤のいう“箱”とは、部屋に何も置いていない空間のこと。
「それでは生活イメージができない=購買意欲につながらない」と発想し、「空間をコーディネートして売るべき」としてインテリアショップとコラボ。

これによりマンションは飛ぶように売れ、早期完売に至ったという。

2物件目にして早くもPM(プロジェクト・マネージャー)を任された遠藤。
ここでも錚々たるインテリアショップとタッグを組み、まったく同じ間取りを“さまざまなコンセプトで演出した空間”をつくり販売したという。
しかもその数、なんと30タイプ!!

ここでも大成功を収めた遠藤は、3物件目でいよいよ前職で培った得意分野「プレゼンテーション方式」を採用。
検討者を相手に、パワーポイントで作り込んだ資料を企業の会議さながらプレゼンしていく。

遠藤の話術も伴い、お客さまは大絶賛。
極めつけに、契約日には契約者を一堂に集めてクリスマスパーティを開催し、未来の入居者となる者同士の親交もはかっている。

ますます勢いづいた遠藤は、4物件目にして遂に
「販売センターで“アップルストア”をやりました(笑)」
と振り返る。

その頃はもう普及が加速していたインターネット。
検討者が自宅に帰り、インターネットで他物件との比較を検索するなら「どうぞここでやってください」と、販売センターに何台ものパソコンを導入。様々なデータを自由に閲覧して頂きながら、販売員を営業という立場ではなく、お客様のコンシェルジュと位置づけ、一緒に考えるスタンスでの接客スタイルに挑戦した。
まさにアップルストアさながらの光景だ。

しかも、スタッフ全員、アップルストアがそうしているように同じポロシャツで接客するなど細部にも熱が入りすぎている。

こうした分譲マンション販売でのエピソードでも、不動産業界の異端児的存在として想像を実行に移してきた遠藤だが──。

その後も、新しいブランドとして立ち上げたタウンハウスのブランディング&完売に向け、モデルルームなしでの販売スタイルに拘ったり、住宅情報誌『SUUMO』に物件の“顔”がわかるはずのパースを掲載せず、物件イメージとなる画像だけのティザー広告にしたり。

ここで紹介したのは結果的に「成功」したものばかりだが、当然ながらそこには異論を唱えるものや、外部からのクレームなどもあり、数々の「失敗」もあったという。
それでも足を止めないのは、「何を成し遂げたいか」がブレないからだ。


執行役員になっても変わらぬ姿勢。
「自ら機会をつくり、機会によって自らを変えよ。」

現在執行役員になった遠藤は、分譲マンションの舞台から離れている。
これまでのように新たな発想にトライする機会は少なくなっているのではないか──。

これに対し遠藤は

「部署やポジションによって動かしたいポイントは変わる。
いま見えている景色は『事業全体』や『会社全体』。
そこで立ち返るのは、社名に込められているイニシアチブということ。
デベロッパーとして世の中を変えるためにイニシアチブを大事にトライし続けることしかない」

と語っている。

現在は、宿泊事業部 事業部長として、コスモスイニシアが展開しているインバウンド向けのアパートメントホテル開発事業を管轄している。

インバウンド向け、というところで察することと思うが、コロナ禍の“鎖国的”状態になった日本では、外国人客が極端に減少したことにより困窮した現状がある。

そこで遠藤は“ウルトラCなどない”とばかりに、悪い時にこそしっかりとした仕組みを作ろうと呼びかけた。

収益はどうなっているのか、赤字はどう出ているのか。
そのデータの“見える化”をし、全員でしっかりと共有していこうと。

その現状を把握した上で、戦略的に次の手を打てる“筋肉質な部署”にしていくべきだと、熱い思いを伝えながら施策を試みている。

現在宿泊事業は、情勢も追い風となり業績はV字回復しているが、この時の“ピンチでの施策”は、復活劇を加速したに違いない。

また、その本業と並行して、遠藤は社員への思いも“熱すぎる”のである。
学びたいという社員に応えるためスキルアップを目的とした社内講義にも心血を注いでいる。
これは2週に1回の講義を行うもので、現在3年目を迎えた。

「経営は現場を支えるべきだ」

この言葉を大事にしている遠藤は、現場の声・お客さまの声をきちんと吸い上げそれをしっかりアウトプットできるという文化をつくるべき、として始めたという。

執行役員になり、会社を俯瞰し経営を見る立場になっても、“現場主義”の精神は息づいているからだろう。

遠藤は最後に、現在就活をしている人、まだまだ成長途中の若い人たちにこう語っている。

「自分はこの会社に入って、想いを持って実現したいことにとにかく挑戦してきたし、任せてもらってきた。
だからこそ、次代を担う若い人たちが、本気で想いをもって実現したいことを応援したい、支援したいし、より一層そういう会社にしていきたいと思う。

でも、まだまだ小さくまとまり過ぎている人も多い。
もっとやっていいんだ!
社会をバージョンアップできる会社でもありたいから。
だって、デベロッパーって、世の中を変えられる面白い仕事じゃないか!」

執行役員がこう語る会社の姿勢と文化は、今後も受け継がれていくことだろう。